大判例

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東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)12号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1 審決は、前記のとおり、本件発明は引用例1及び引用例2の記載に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと判断したものであるが、原告は、引用例2は本件出願前に頒布された刊行物ではないと主張するので、まずこの点を検討する。

成立に争いない甲第三号証によれば、引用例2は本件シンポジウムにおけるFun Den Wangほか二名による研究発表の内容、及びM.Foodによる右発表の補足講演の内容を示す論文であつて、そのX63末行には

「Copyright by BHRA Fluid Engineering, Cranfield, Bedford, England.」と表示されているが、これが刊行物として頒布された時期を認定するに足りる記載はないことが認められる。

しかしながら、成立に争いない甲第四号証及び乙第三号証によれば、甲第四号証の文書は、シンポジウムのセツシヨンAからセツシヨンHに対応してAからHの頭文字で始まる頁が付された論文、及びXで始まる頁が付されたデイスカツシヨンあるいは論文等が掲載されている本件シンポジウムの議事録(論文集)であつて、冒頭のⅱ頁には

「printed and published by BHRA Fluid Engineering, Cranfield, Bedford MK43 OAJ, England.<C>BHRA Fluid Engineering, 1976.」と記載されているところ、そのX63ないしX74が引用例2と全く同一のものであることが

認められる。そして右議事録(論文集)については、成立に争いない乙第四号証(Neil Brabbanの一九八八年八月三日付け書簡)によつて、英国ニユーキヤツスル大学図書館オーダ部門Neil Brabbanが「一九七六年の後半の時期に発行された。」趣旨のことを述べていることが認められるのみで、ほかにその刊行時期を認定するに足りる証拠はない。

以上のとおり、引用例2は、一九七六年の後半の時期に英国において刊行された文書の一部と認められる。したがつて、引用例2は本件シンポジウム、すなわち一九七六年五月一一日ないし一三日に発表された印刷文書であつて本件出願前にアメリカ合衆国において頒布された刊行物であることを十分に認め得るとした審決の認定は、明らかに誤つているといわねばならない。

2 もつとも、成立に争いない乙第一号証(本件シンポジウムのプログラム)によれば、引用例2の内容であるFun Den Wangほか二名による研究発表自体は一九七六年五月一二日に行われたことが認められるので、もしその際に引用例2と全く同一内容の文書が配布されたとすれば、引用例2は実質的に本件出願前に頒布された刊行物であると解する余地がないではない。しかしながら、右研究発表の際の配布資料については、成立に争いない乙第二号証(M. Foodの一九八八年五月三一日付け書簡)によつて、前記補足講演者M. Foodが「思い出す限りでは、Fun Den Wang教授の論文は前刷集には含まれておらず、その会で用いるため彼の論文のコピーが会場で配布されたと思うが、自分の記憶が正しいのか確認できない。」趣旨のことを述べていることが認められるのみであつて、ほかのどのようなものが配布されたかを認定するに足りる証拠はないから、本件シンポジウムにおいて引用例2と全く同一内容の文書が配布されたと認めることはできない。

3 以上のとおりであるから、その頒布時期が本件出願前であることが証拠上確認できない引用例2を根拠の一つとして、本件発明は当業者が容易に発明をすることができたと判断した審決は、その余の点について論ずるまでもなく違法なものであつて、取消しを免れない。

三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容することとする。

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